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アフターサン

2022

アフターサン

Aftersun

2022·映画·101·7.5

あらすじ

11歳の娘と過ごしたトルコ旅行の記憶。大人になった彼女がVHSの映像を通じて、若い父親の内面の闇を読み解こうとする。

AIレビュー

シャーロット・ウェルズの長編デビュー作「アフターサン」は、2022年最も称賛された映画のひとつとして、世界中の批評家リストを席巻した。しかしこの作品は、一度見ただけではその真の意味に気づきにくい。二度、三度と見るたびに新たな細部が浮かび上がり、初回視聴の「なぜか悲しい映画」という印象が「緻密に設計された喪失の詩」へと変容する——そういう種類の映画だ。 物語は1990年代後半のトルコのリゾートに遡る。シングルファーザーのカラム(ポール・メスカル)と11歳の娘ソフィー(フランキー・コリオ)の夏休み旅行の断片が、VHSテープの映像として現れる。この旅行の記憶を辿っているのは、現在の大人になったソフィーだ——映画はそのことをほぼ明示しない。視聴者は物語の後半になって初めて、自分がいつの時制にいるかを理解し始める。 本作の核心は「父親の見えない苦しみ」だ。カラムは娘に対して優しく、知的で、完璧に近い父親として振る舞う。しかし映像の端々に、31歳の彼が抱えている何か暗いものが滲み出る。夜の一人の時間、奇妙なほど強い感情的揺れ、浴室での一人きりの沈黙——ソフィーは当時それに気づかなかった。しかし大人になった彼女は、繰り返しテープを巻き戻して、見落としていたものを見ようとする。この「後から気づく悲しみ」の構造が本作の感情的な核心だ。 ポール・メスカルは本作でアカデミー主演男優賞にノミネートされた。彼の演技の特徴は「隠すことで見せる」技法だ。カラムが何を抱えているかを直接表現するのではなく、その隠し方の歪みや破れ目を通じて間接的に提示する。娘と過ごす時間への愛情と、自分の内側で起きていることの断絶——この二つが同時に存在する画面は、見る者を静かに圧倒する。 ディスコでのシーンは本作の最も印象的な場面のひとつだ。カラムが暗いダンスフロアで踊り続ける映像は、後半になって初めてその意味を獲得する。同じ映像が二度以上異なる意味を持つ設計は、「記憶を巻き戻すとき、私たちは何を新たに見るのか」という本作全体の問いそのものだ。シャーロット・ウェルズが半自伝的な素材を扱いながらも、普遍的な「親子関係の不透明さ」へと昇華させる力量は、長編デビュー作としては異例の完成度だ。 映像も音楽も、この「断片としての記憶」というテーマを支持するように設計されている。VHS映像の粒状のテクスチャーが混在し、記憶の不完全性を視覚化する。フランキー・コリオの自然な子役演技も特筆に値し、彼女とメスカルの間の父娘の親密さは演技を超えた生々しさを持っている。 ラストシーンに使われるR.E.M.の「Losing My Religion」の選択は映画史的な瞬間と言っていい。あの曲と映像が重なる瞬間に、映画全体の意味が一気に収束する感覚は、何度見ても同じ衝撃を持つ。「アフターサン」は感情的に解説できない映画だ。なぜ涙が出るのかを言語化しようとすると、必ず何かが逃げる。それが本作の本質だ。101分という短さが、この密度を可能にしている。 シャーロット・ウェルズはこのデビュー作で「言語化できない感情を映画で作る」という最高難度の課題を達成した。101分という短さにもかかわらず、見終えた後に何時間も心に引っかかり続ける。そして翌日、突然「あのシーンの意味が分かった」という瞬間が来る——それが「アフターサン」という体験の本質だ。A24の配給作として、同社のラインナップの中でも最も個人的な作品として位置づけられる。 ポール役のポール・メスカルが見せる父親像は、言葉少なく、しかし深い哀愁を帯びている。カラムが何を抱えていたのか、映画は最後まで答えを明かさない。しかしその「明かさない」ことが、失った人への「なぜ」という問いがいかに答えを持たないかを、正確に体現している。

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