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エクソシスト
1973
AIレビュー
映画史上最も恐ろしいホラー作品のひとつとして、半世紀を経た今も語り継がれる傑作だ。ウィリアム・フリードキン監督がウィリアム・ピーター・ブラッティの同名小説を映像化した本作は、「悪魔憑き」という題材を徹底的なリアリズムで描くことで、単なる怪奇映画を超えた哲学的な恐怖体験を生み出した。公開当時(1973年)、映画館での失神者や嘔吐者が続出したという記録は伝説となり、ホラー映画の歴史に「エクソシスト以前・以後」という分水嶺を引いた。アカデミー賞10部門にノミネートされ、脚本賞と音響賞を受賞。ホラー映画として史上初めて作品賞にノミネートされた事実が、本作の例外性を物語る。
この映画が際立っているのは、「信仰とは何か」という根源的な問いを恐怖の形で提示している点だ。精神科医でもある神父カラス(ジェイソン・ミラー)は、愛する母を救えなかった罪悪感から神への信仰を失いかけている。そこに12歳の少女リーガン(リンダ・ブレア)の悪魔憑きという究極の試練が課される。恐怖映画でありながら、信仰の喪失と再生、人間の尊厳と悪の本質を探求した深い精神的ドラマでもある。マックス・フォン・シドー演じる老エクソシスト、メリン神父との問答に、この映画の哲学的核心が凝縮されている。悪魔が選んで憑依したのが無辜の子供だという事実そのものが、神の沈黙への問いとして機能している。
特殊効果の革命的な側面も見逃せない。特殊メイクアーティストのディック・スミスが作り上げたリーガンの変貌メイクは、当時の技術の限界を押し広げるものだった。マーチャリン・ラモーによるリーガンの低音の声のアフレコ、実際の回転台を使った首が360度回転するシーン、零下20度の極寒スタジオで撮影されたリーガンの部屋の場面——これらが組み合わさって生み出す「実体的な恐怖」は、CGI全盛の現代においても色褪せない。役者たちが吐く白い息が自然にスクリーンに映り込む「作られていないリアル」の積み重ねが、フィクションの枠を突き破る没入感を生む。全部で5台のカメラが破損したと言われる撮影現場は、呪われているという噂が絶えなかったという。
音響設計も革命的だった。本作では低周波音(インフラサウンド)が意図的に使用されており、聴覚的には聞こえないが肉体に不快感を与えるという科学的なアプローチが試みられている。観客が感じる「なぜか気持ち悪い」という感覚の一部は、この音響設計によるものだと言われている。マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」が象徴的なテーマ音楽として使用されたことで、この曲はそれ以降「不気味な音楽」の代名詞となった。
ホラー映画が苦手な人にも、「なぜこれほど長く人々を怖がらせ続けているのか」という映画史的な好奇心で見る価値がある。宗教的な文脈を持たない日本人が見ても、人間が理解不能な「悪」と直面した時の原始的な恐怖という体験は十分に届く。視聴ガイドとして字幕版での鑑賞を強く推奨する——吹替では「あの声」の異常な質感が半減する。深夜の一人視聴には覚悟が必要だが、逆に言えばそれだけ体験としての映画を味わい尽くせる。比較作品として「ローズマリーの赤ちゃん」(1968)、「オーメン」(1976)と並んで「オカルトホラー三部作」と呼ばれ、この系譜を追うと1970年代アメリカの宗教的不安の変遷が見えてくる。
現代からの視点で最も驚かされるのは、この映画が持つ「大人の映画」としての風格だ。子供の恐怖映画ではなく、信仰の問題と格闘する大人たちの苦悩の物語として見た時、半世紀前の作品が今日にも失われない普遍性を持っていることが実感できる。映画好きなら一度は見ておくべき、映画史を語る上で欠かせない一本だ。
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恐怖の古典宗教ホラートラウマ必至信仰と悪
